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未来の世界はアニメみたいだろうか――The video game with no nameを読みました

いやあ、最近ブログで仮想通貨の話ばっかりしていましたね! ちょうどよく話題が転がり込んで来たのでオタクらしい話をしようそうしよう。

まあ仮想通貨は仮想通貨で何とも「未来ずら〜」としか言いようがないうえに上手いことお金を稼げそうなので素晴らしいのですが。いや、だって自前でイーサリウムのウォレットのアドレス作って、そのアドレスに送金したらちゃんと着金してるのすごくないですか? ネットの向こう側の取引所*1で買った数万円分が、席を立たずにものの数分で手元のパソコンの中に取り寄せられたんですよ!(感覚的には*2

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ごほんごほん。本題に移りましょう。『The video game with no name』という小説は、世の低評価ゲームに関して精力的に活動されている、かの「模範的工作員同志」氏が、過去や現在の低評価ゲーに飽き足らず、ついに未来のゲームにまでレビュー始めちゃったみたいなあれです。この時点でわかるように結構メタフィクショナルです。がっちりSFです。はい。自分の大好物なやつですね!

(言い忘れてましたがネタバレ前提で書いてますぞ)
内容はサイボーグとなって生きながらえている100年後の氏が、テキストサイトで1回1本の低評価ゲーをレビューしていき、時折筆者の近況報告が挟まるという形式。いや、本人だと明言されてないけど(ペンネーム違うし*3)、語り口が毎度の感じだし、親に買ってもらったゲームのエピソードとか完全に本人のやつだし。

読んでるとじわじわキノの旅思い出したんですよね。短編連作だから…? この前まで新アニメやってたのもあるとは思いますが。あれ、よくやる最後にエルメスが台詞で全部説明する芸って文章だと別に何ともないけど、映像にするとなんかしゃらくさいというか、台詞じゃなくて映像で説明しろというアニオタらしい意見が脳から湧いて出てくるんですが、こっちは元々ほとんど全部筆者の語りですから、全部台詞で説明するのも当然なので何の問題もありませんね!

あとSF技術に対する何か醒めた態度ね。倫理観割と放り投げてるのも含めて。例えばキノの旅でクローンが普通な国が出てくるんですが、余りにも堂々と「この国ではこれが普通ですよ?」って態度で来られるので、読んでる方も「た、確かにそうかも…」と何か納得してしまうあれ。最早普通になってしまえば、夢の技術だと持ち上げることもないし、悪魔の技術だと恐れることもない(ただ、それによって作られたゲームは楽しい!)。逆にSF感高まりますよね。あと年寄りが書いてる感も出る。

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さて、どんどんネタバレに突入していきますよ〜 割と序盤で腕や脳を機械に置き換えた人間の話がはさまってくるので「これは…」と思ってたらやっぱり来ましたよ! 90年代あたりでよく見た気がするSF展開! その中の一つ、サイボーグで全身機械だけど脳みその寿命が来た! こちとら天才てれびくん生まれの衛星アニメ劇場育ち、Eテレっぽいアニメは大体友達…ってほどでもありませんが*4、バーチャル3部作はめっちゃ見てましたからね! 実際恐竜惑星は遊び時間がいくらでもある幼稚園児の特権を生かして何十回と録画を見てたので、未だに自分が人生で一番繰り返し見たアニメですよ。

ここまで言っておいてなんですが、今回の話は救命戦士ナノセイバーの前にまず手塚治虫火の鳥のアレです。好きなロボットの女の子とニコイチになるやつ*5、も割と思い出しますが、サイボーグのおばあちゃんがゴキブリに食われるやつ(嘘は言ってない)*6ですね、思い出すの。脳みそ以外を機械の体にしてまで生きながらえている老人…ってよくよく考えてみたらそれ以外全然一致してないなぁ。そもそも「でもここからは全然違う」って話をしようとしてたのに、初手以外全部そもそもが違うぞ。火の鳥 生命編に登場するサイボーグ老人は、機械の体とは名ばかりの、脳みそを生かすためだけの生命維持装置に生かされているだけ。食事の栄養スープを飲まされると目をチカチカさせるだけが他者とのコミュニケーションという悲しい存在です。一方、The video game with no nameの筆者はめっちゃゲームをエンジョイしているという。

軌道修正しよう。うん。救命戦士ナノセイバーには「不老不死になりたくて、脳みそ以外の体を全部入れ替えた*7けど、脳細胞自体の寿命には勝てなかったよ…」的な人物が登場します。The video game with no nameの筆者にも、脳の死、「脳停止」が近づいていきます。ここからがすごいんですが、筆者曰く「機械の力で生きているだけの年寄り」が「機械の力で生きているだけの死体」になるとのことです。え…? 死なないの…? はい。内臓はサイバネにしたので機械の心臓が止まることもない。記憶も補助装置を頭に埋め込んでる*8からそこに残る。同様に思考も止まることはない。じゃあ何が死ぬのって、感情が死ぬそうです。

……
やられたなぁ〜!!

そりゃ序盤からゲームを遊ぶAIの話をやるわけですよ! 「それって哲学的ゾンビじゃん!」って思ったら後でまさにそういう話をするし! んで、ここでほんとにすごいのが、筆者の病状についてこれまで話してきた主治医がアンドロイドだとさらっと明かされるとこですね。あんまり作中でははっきりと描かれないんですけど*9、100年後ではAIとかロボットとかめっちゃ普通に普及してるみたいなんですよね。「人工人格レイシズム」なんてワードが出てくるくらい。そんな世界じゃあ生ける屍サイボーグだって、本人にとっては恐ろしく深刻でも、社会全体からすれぼ大したインパクトないよなぁ

それでも「人間が延々と生き続けられる社会って新陳代謝大丈夫? そんなに大勢サイバネゾンビはいない?」みたいな疑問は浮かびますが大丈夫でした。脳停止は云わば人生に飽きてしまう病なので、脳停止患者の99%は人生に飽きたことにより自殺するそうです。自殺と言ってもそれほど陰鬱な感じではありません。例えば脳が呼吸に飽きてしまったので息が止まって死ぬとかだそうです。マジかよ

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21回のゲームレビューと4回の雑記、ラストを飾る1万ヒット御礼からなる本作*10ですが、中でも自分の一番のお気に入りは第16回、「天幻地在バトルマリオネット」です*11。この略してバトマリは、4Dプリンタで自分だけの変形ロボを作り、VRで戦わせるゲーム。自分みたいな人間にはゲームというよりまずホビーと呼んだ方がしっくりくるやつですね。絶対販促アニメやってるやつ。もう完全に、アニメに出てくる未来のおもちゃじゃないですか。それが実際に作れるような未来になったら、当然販促アニメやってるでしょ。ここで最高なのが、筆者の語り口がホビーアニメに出てくるような主人公の友達の眼鏡君みたいになってるところ。流石よくわかってるなこの人! でもバトマリ発売が2070年なのに対して、作者は2060年に高齢者向けレトロ風ゲームをプレイしたり腕を機械に変えてたりするので、実態は子供と一緒に遊んでるサイボーグじじいなんだよな(これはこれでアニメにいそうなキャラだ)。「マリオネット博士」とか「バトマリ博士」と呼ばれてたらしいのも納得

そしてほんとにすごいのが、このおもちゃを悪用しようとする悪い大人達が出てくるんですよ! もうこれ完全にアニメじゃないですか。悪人達は一旦子供達に倒されたものの、その後その悪人達がきっかけでややこしいことになってバトマリの展開は終了。現実はそういまくいかないねって話なんですが、でも、一旦悪人倒すまでで最終回にしたら、いや、最後の最後のビターエンドまでやったってアニメでしょこれ。

いや、まあ落ち着こう。『The video game with no name』はフィクション。そこで描かれたものに「完全にフィクションじゃないか!」と言うのはナンセンス。のはずですが…

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『The video game with no name』では、現実はゲームではないと繰り返し描かれます。ゲームの中に入りたいという筆者の夢は叶わず、「現実は実はプログラムなんだ!」というマトリックスみたいな新興宗教に入ってみたら最終的に教団は瓦解する。様々な夢のSF技術が出てきても、実現してみればこんなもんさと描かれる。いやいや、十分SFでしょこれ。元々『The video game with no name』がフィクションだから当然SFというのはひとまず置いといて。

そもそも僕はこの21世紀の現在が十分SFだって思ってますからね! 毎日通勤で使ってる定期券は無線で改札通れるし、会社ではテレビ電話で会議。親父の車はバッテリーとモーター積んでるし、弟は携帯端末のAIに話しかけて操作している。どれもこれも図書館大好きだった小学生の僕が、90年代に図鑑で暗記するほど見たような21世紀の技術じゃないですか! リニア新幹線開通したら嬉しさに泣きながら乗りに行きますよ!

ふう。何だか前期見たアニメガタリズ思い出してきた。世界がアニメになって大変なことに!って展開になるけどよくよく考えると元からアニメなのでややこしい

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最終的に筆者は、これまでと同じようにゲームを楽しむことができるのかめっちゃ悩みながら、脳を人工脳に置き換えることを決断するのですが、自分は序盤に人工脳の話が出たときに「これいいな! 体も機械化すればこの世の終わりまでアニメ見てられるじゃん!」とか思った能天気野郎です。銀河鉄道999だったらアンドロメダのネジになってるやつだ

一応人格の再現率は95%程度に留まるって話も一緒に出てくるんですが、まあ、生身でも一生の間にそれくらい人格の変動あるよね別に くらいのポジティブシンキングです。うん、できるようになったらかなりの確率で機械の脳と機械の体手に入れてそうだな自分。何せいつだって続きが楽しみなアニメとこれから始まるのが楽しみなアニメを抱えて生きていますから、どんなタイミングでも死んではいられないんですよね! それにどんどん世の中がSFになっていて、SFの方もどんどん新しいのが出てきて、夢の技術が尽きないんだから、どこまでもアニメもびっくりな未来を見続けたいじゃないですか! 「プログラムされた通りに、感情があるのかは知らないけどそれらしく動く機械になってもいいのか〜」と言われても、死ぬのに比べれば、機械になった自分はその選択をした自分に感謝するんじゃないでしょうか。あ、でもその感謝の感情も作り物なのか。まあ、自分の人格をコピーしたものであれば、「死ぬよりこっちがいいに決まってるじゃん。いくらでもアニメ見られるぞ!」って言うに決まってるから、それで十分でしょう

*1:場合によっては物理的に東シナ海とか太平洋の向こうにあったりする

*2:別にウォレットのアドレスと秘密鍵を手元で保存してるだけで、仮想通貨の実体(?)はネットの海に分散する台帳にあるのですがそれはそれとして

*3:でも完全にアタリのETが埋まってた地名が由来だからやっぱり本人だ

*4:メジャーとツバクロを欠かさず見ていた従姉弟たちと違って、我が家は土6はTBS派でしたし。それこそぽよぽよザウルスの頃から

*5:フェニックス編

*6:生命編

*7:脳を別人の体に移植した

*8:サイボーグ009で見たやつだ!

*9:それが、AIとロボットがすっかり普及しきって普通になった未来っぽいんですが

*10:書籍版。後半はカクヨムで連載中

*11:何かやたら90年代の雰囲気漂う作品名だなぁ